「はい、真希ちゃん。カルピスサワーだったよね?」
「ありがとうございます! あ、サラダも分けられてる。さすが姫乃さん」
真希ちゃんはカルピスサワーを受けとりながら、目の前のサラダに箸をつけた。
「真希ちゃんも姫ちゃんを見習いなー」
「見習ってますよう。私だって姫乃さんみたいに綺麗で気立ての良い女になりたいですもん。そしてその暁にはイケメンエリート彼氏ゲットです!」
真希ちゃんは胸の前でグッとガッツポーズをすると、私を見てうんうんと頷く。
私は愛想笑いをしながら、内心ギクリとした。「真希ちゃんもさ、姫ちゃんみたいにできる女になって、大手のイケメンエリートを捕まえなさいよ」
「もー、祥子さんはすぐそうやって簡単に言うんだから。姫乃さん、どこで彼氏と知り合ったんですか?」
「ええっと……」
私は冷や汗をかきながら言い淀む。
真希ちゃんの純粋な視線が眩しくて、そして痛い。”綺麗で気立てが良くて名前負けしていない高嶺の花の朱宮姫乃は、大手企業に勤めるイケメンエリート彼氏持ち”
そんな絵に描いたような噂が社内に流れ、あっという間に定着してしまった今のこの状況に、私は困惑しつつも否定できないでいた。
”朱宮姫乃”という名前。
芸能人みたいな名前で、どこへ行っても目を引かれがちだ。名前負けするのが嫌で、勉強も頑張って良い大学に入ったし、加えて美容にも気をつかってきた。そんな努力の甲斐あってか、就職先も一応大手のメーカーに内定が通った訳なのだが、そこで働くこと早七年。 まわりが言うような、“大手企業に勤めるイケメンエリート彼氏”にはまったくもって出会っていない。むしろ、勝手に一人歩きするそのデマのせいで、男性が寄ってこないのではないかと疑っている。きちんと“違います”と言いたいのだけど、言う機会がないまま……いや、言っても信じてもらえないまま今日に至っているわけで。
今日こそ言って信じてもらわなくちゃ。そう、”別れた”って言えば納得してもらえるよね、きっと。